君のためなら (3/26)
美容室に入ると、私は美容師さんに髪を短くして欲しいと注文した。
同じく、と万里子が隣で言う。
髪を切ってもらっている間、私は目を閉じ、万里子との思い出を振り返っていた。
小学生4年生の時、万里子は転校してきた。
万里子は小柄で可愛らしい子だったので、すぐにクラスのみんなと打ち解けていた。
特に仲良くなったのは、他ならぬ私だ。
小原 琴音と笹峰 万里子は出席番号が前後だったため、席も前後だった。
私たちの席は廊下側で、万里子が1番後ろの席。私がその前。
私は万里子とたくさん話をした。
特に話題に多かったのが、彼女が転校してくる前の学校の話。
万里子には好きな男の子がいて、その子と手紙を出し合っているという話をしてくれた。
その話に当時の私はワクワクして、そしてときめいた。
今の時代、文通なんて考えられないな……と少し切なくなる。
万里子はその意中の相手を「ヨっくん」と呼んでいた。
本名を1度聞いた事もあったが、忘れてしまった。
ヨシオだったかヨシキだったか……
しかし、その文通も私たちが小学5年生になる頃には途絶えていたという。
万里子も新しい学校に馴染んでいた。
手紙に書くネタもなくなっていたのかもしれない。
それに、新しい思い出が上書きされて、前の学校のことはわざわざ思い出さない限り忘れていたと彼女は後々言っていた。
当時の私としては万里子の気持ちが「ヨっくん」から離れて良かったと思っていた。
万里子にとって自分は「ヨっくん」に代わる存在になれたんだと喜んでいたからだ。
その証拠になるかはわからないけど、「ヨっくん」への手紙に、私を新しい友達だと書いたこともあるらしい。
懐かしい気分に浸っていると、首のあたりの空気が軽くなったような気がした。
目を開けると、ショートカットになった私が鏡に映っていた。