君のためなら (2/26)
本当なら昨日のデートのことを思い出して今頃ニヤニヤしていたんだろうな。
ふと気を抜いた時に私の頭をよぎるのは昨日のことばかり……
みのりに誘われて、行くはずだったダブルデートは甘橋さんの横入りによって邪魔をされた。
みのり達のデートが気になって様子を覗きに行けば、甘橋さんにそれを目撃される始末。
どうして来たの?
という甘橋さんからのLINEには返事をしていない。
私自身にもよくわからないからだ。
意味不明な自分の行動に自己嫌悪する。
そんな事ばかり考えていたせいで、名前を呼ばれていることに気づかなかった。
強く肩を叩かれて私は飛び上がった。
「ちょっと!琴音!何ボーッとしてんの!」
目の前に笹峰 万里子(ササミネ マリコ)がいた。
心配しているような、険しいような複雑な表情で私を見上げていた。
「あ、ごめんごめん」
私は苦笑いを返す。
「急に髪切りたいなんて言い出すからびっくりした」
万里子は切れ長の目を優しく細めて笑った。
昨日の夜、私は万里子に連絡をした。
デートに行くはずだったのに他の女に自分のポジションを奪われた、ということを話した。
そういう事を包み隠さず言えるのが、小学校の頃から仲の良い万里子だ。
彼女は親の転勤で何度も転校していたので、同じ学校に通っていたのは小学4年から6年までの2年間だけだ。
今も高校は別々。
それでもこうして、時々連絡を取り合って、会う。
みのりなんかとは比べ物にならない……
万里子は純粋で良い子だ。
「まあ予約もしてる事だし、行こっか」
「うん。ありがとね、付き合ってくれて」
2人で美容室を予約している。
失恋には散髪だ、と万里子が提案してくれた。
ここまでしてくれる友達はいないと改めて思った。
「いいってば。ほら、早く行くよ!」
そう言って万里子は私の背中を両手で押してきた。
2人でふざけ合いながら、バタバタと美容室へ向かった。