涙の退院 (3/5)

「あ、失礼しました」と、思い出したように青野刑事は私の元へ戻り、私が持っていたバッグに手を伸ばす。

「僕がお持ちます」



「いえ、私、自分で持てます」

なぜかぎこちなく断ってしまう私。




「佐倉先生、遠慮しないで……」

青野刑事は尚もバッグに手を伸ばしてくる。
バッグの持ち手を2人で取り合うような状態になる。



「その先生って呼ぶのは……」

辞めてください。そう言い掛けて言葉を飲み込む。

彼が大袈裟にため息を吐いた。




「わかりました、弥生さん。バッグは僕が持ちます」

まさか名前で呼ばれるとは思っていなかった。

顔が熱い……
もっと化粧を濃くしておくんだった。

いちいち鼓動のリズムを崩されるのが恥ずかしかった。



「……あの本当に大丈夫ですから」

素直になれない自分が腹立たしかった。
私ってこんなに不器用だったっけ……



「バッグは僕が持つんで……」と半ば強引に私の右手からバッグを奪う青野刑事。


そして彼はこう言った。

「代わりに、これ、持っててください」









その言葉の意味を理解する前に、私の右手には彼の左手が重なっていた。