この筋書きの結末 (29/31)
『……違うよ、パパ』
……パ、パパ?
なんで奈子が……いや、違う。
そんな訳ない。
一瞬惑わされそうになり、即座に否定した。
「……ふざけるなよ。父親が娘の声を聞き違えるわけないだろう」
大貫は凄味を持たせた声で言った。
『ふふっ……そうですよね、父親だったらわかりますよね。御察しの通り、私は甘橋ゆきです』
甘橋ゆきは父親という言葉を強調した。
ヨシキから家庭の事情は聞いているのだろう。
家庭を捨てて出て行った男に父親を名乗る資格があるのか?と皮肉られたように感じた。
彼女の上品な声色と丁寧な言葉遣いが、大貫を苛立たせた。
「青野はどうした」
『彼の事ならご心配なさらずに。少しの間、静かにして頂いております』
何でもないことのように甘橋ゆきは答えた。
声に笑みが滲んで聞こえるのが、癪に触る。
青野が無事ならいいが、どうだろう……
「……甘橋ゆき。君は今日、車で下校したそうじゃないか。結構なご身分だな。残念ながら我々は中村の車のナンバーを把握している。そのバカ男の使用期限も、我々が君を見つけるのも時間の問題だぞ」
効果があるとは思えないが脅しを入れる。
『時間の問題……そうかもしれませんね』
意味深な答えが返ってくる。
犯人が逮捕されれば事件は終わる。
犯人が逃げ切ったなら、事件は風化し忘れ去られ、実質事件は終わる。
それともこれから何か、最後のアクションを起こそうとしているのか……
そのどれにも当てはまる答えだったように思う。
「ヨシキはどこにいる」
『ヨシキですか……もう事件の真相にほぼ辿り着いているのですね。ヨシキはいつもここにおりますよ。私の胸の中に』
「馬鹿野郎!そんな事を聞いているんじゃない!お前達が共犯なのもわかってんだよ!バカにしやがってっ!」
怒鳴った勢いで電話を切りそうになった。
どんな質問をしても、上品な声と丁寧な言葉で、身をかわされる。
さすがに怒りが込み上げてきた。
大貫の隣では小原が心配そうに状況を見守っている。
『もう少しお話をしていたいところですが、人目もあることですし、これで失礼いたしますね』
甘橋がまとめるように言った。
まるでこちらのせいで時間を取られているみたいじゃないか。
……どこまでもコケにしやがる。
「せいぜい遠くまで逃げておくんだな、必ず捕まえてやる」
大貫はそう宣言した。
それに対し、答えはなかった。
微かに鼻で笑ったような気配を電話越しに残し、通話は切られた。
「こんちくしょうっ!!」
ケータイを地面に叩きつけたくなるのを堪えて隣を見た。
小原が怯えた表情で見上げている。
「あ、すまない。取り乱してしまった」
「いえ……青野さんに何かあったんですか……?」
いらぬ心配を掛けさせてしまった。
事情を話せば、この子を事件に巻き込みかねない。
「青野なら大丈夫だ。君はとにかく家に帰りなさい。親御さんが心配する」
大貫は、曖昧に頷いた小原を残し、歩いてきた道を引き返した。
まずは、青野を探さなければ。
無事でいてくれよ……