この筋書きの結末 (10/31)

中村が奈子の自宅の呼び鈴を鳴らした時点で、ヨシキはどこからか様子を伺っていたと思われる。


青野との連携により中村を確保した時、隙が生じた。


あの建物には階段が2箇所あった。
我々が中村を連れて降りた階段とは逆からヨシキは奈子の自宅に辿り着いた。




一方、奈子は玄関扉の内側で外の様子を伺っていた。
扉に耳を寄せ、訪ねてきた人物と我々のやり取りを聴いていた。


その時、彼女の娘である美月は洗濯機の中にいた。

奈子はもしもの為に、美月を一目では見つからない場所に隠していたのだ。


この判断が後に奏功する。



我々が中村をパトカーまで連行している時、奈子の自宅にヨシキが訪れた。


玄関扉をノックされた奈子は応対に出た。


「警察です、もう大丈夫ですよ」


その一言に奈子は騙された。
奈子は緊迫していた状況で、判断が鈍っていたようだ。

扉をノックした人物の声を聞き、青野と勘違いしたと彼女は言っていた。

相手をちゃんと確認せず、玄関を開けた。




そこに立っていた人物を見て、奈子は虚を突かれた。
一瞬のうちに、その人物は部屋に体を滑り込ませてきた。


黒い長袖のTシャツに、白い手袋。
ツバ付きの帽子ををかぶっていた。

そして手にはスタンガン。
威嚇するようなバチバチという音に、奈子は退くしかなかった。


この先には通さないという意思を示すように両手を広げ、侵入者の行く手を阻んだ。


奈子は和室の襖の前まで追い詰められた。
窓から入る光で、侵入者の顔がハッキリと見えた。

その時、侵入者がヨシキであると認識したという。


「時間がないんだ……」

その言葉を聴くと同時に、奈子はスタンガンの餌食となった。


ヨシキは襖を開け、和室に入り、室内を見回した。
奈子は、ヨシキが美月を探していることを悟った。


ヨシキが物入れの襖に手を掛けた。
その動作からは焦りが滲んでいたという。


奈子は痺れる体で床を這い、ヨシキの足にしがみついた。
時間を稼げば、今度こそ警察が助けてくれると考えたのだ。

ヨシキも警察がこの部屋を訪れるまで秒読みであることをわかっていたから焦っていたに違いない。



物入れの中に美月がいない事を知ったヨシキは、奈子を振りほどきに掛かった。


奈子は美月を守るため、蹴られようがヨシキの足を離さなかった。
しかし、2度目のスタンガンに奈子は抵抗力を失った。





ここからは状況からの推理となる。



奈子の阻害により美月を発見できなかったヨシキは、家を出た。

中村が乗ってきた軽自動車は手筈通りアイドリングされたまま駐車スペースに停められている。


ヨシキはその軽自動車に乗り、逃走した。
もちろん無免許である。









大貫は一連の流れを話し終えた。
青野は腕組みをし、険しい表情。



「ヨシキは取り逃がしたが、これでいくつかハッキリした事がある」

大貫は言った。



「そうですね、ヨシキ君のシッポがでました」

青野は腕を解き、大貫を見た。



「シッポか、まさにそうだな。この事件には共犯者が必要だ。1人はヨシキ」



「もう1人は……ヨシキ君のシッポは、アユと名乗る女の子、ですね。学校で殺された金本武雄の周囲にアユは必ずいます」



「ヨシキとの関係性は不明だがな……」

大貫は両手を広げ伸びをし、深呼吸をした。
そして隣に目をやる。


青野と目が合う。


まだ希望はある。
お互いの眼に諦めの色は浮かんでいなかった。