この筋書きの結末 (5/31)
この団地の建物には階段が2か所ある。
建物の両端に階段は位置している。
若者は、大貫が上ってきたのとは反対側にある階段へ向かって走っていく。
慌てて大貫も駆け出した。
「待てこの野郎っ!」
怒鳴りながら、階段を一段飛ばしで降り始めた。
追いつかんかもしれん……
そう思ったのも束の間、階段の途中で足を止めることになった。
下の階から若者がこちらをチラと見上げた。
その表情に、余裕は全くない。
怯えた目をしていた。
そして、階下から頼もしい部下の声がした。
「君、残念だがここまでだ!」
「でかしたぞ、青野!」
大貫は勝ち誇った気分でゆっくりと階段を降りた。
異様な雰囲気の大人に挟まれ、若者は縮み上がっていた。
「全て手筈通りです。あれも」
青野はそう言って団地の下に視線を投げる。
その視線の先には覆面のパトカーが1台停車していた。
どうやらタイミング良く到着したようだ。
大貫と青野は若者を両側からしっかりと掴み、建物を出た。
雨は止んでいる。
パトカーに向かう。
「ちょっ、ちょっと待てよ。オレは何も悪いことしてねえだろ」
若者が開かれたパトカーの後部座席を目の前に騒ぎ出した。
「話は署でゆっくり聞かせてもらうよ」
「ざけんなよっ……オレ、車で来たん……」
青野と若者を後部席に詰め込んだ。
バタンとドアを閉める。
運転席の捜査員に合図を送ると、パトカーは発進した。
後部座席には不安げな表情の青野。
大貫にしてもそれは同じだった。
パトカーを見送りながら考える。
あの若者を調べたところで、この事件は解決するのだろうか……
そうは思えなかった。
我々が犯人を捕まえるチャンスはこれっきりだった。
このチャンスにすがるしかなかった。
必ず犯人が現れると踏んでいたのが間違いだったのか……
では犯人の目的はどうなる……?
釈然としないまま、奈子の家の方を見上げた。
奈子たちが無事なら……ひとまずは安心だ。
大貫は再び団地に向かって歩き出した。
団地の駐車スペースから、1台の軽自動車が出てきた。
大貫の横を通り過ぎていった。
大貫は階段に辿り着き、足を掛けた。
しかし、違和感を覚え、振り返る。
“オレ、車で来たん……”
パトカーに乗る前に若者が口にした言葉が耳に蘇った。
まさか……
軽自動車は団地の敷地内から出て行った。
諦めの気持ちか、それとも歳のせいか、大貫の足は階段に掛けたままで動かなかった。