過去、未来。 (5/6)
私は絶句した。
どうしてそんな事を、という疑問が首をもたげる。
しかし、彼をそんな行動に走らせる心当たりが無いわけではなかった。
地村君は私の様子を伺ってから話を続けた。
「僕は、奈子を守りたかったんです……当時の自分に出来る唯一の方法でした」
彼はそう言うと俯いた。
やっぱりそういうことか……
私は薄々勘付いていたが、黙って話を待った。
「僕は、奈子のことが好きでした。大地に彼女の全てを取られたくなかったんです……」
「そうだったの……」
何も知らないフリをして頷いた。
自分をあまり表現しないのが地村君だった。
しかし、地村君のなっちゃんへの気持ちは、大人が見れば分かるものだった。
「あの日の朝、先生が奈子にコンドームを渡しているところを見てしまいました……奈子がそれをカバンに仕舞うところも。大地は僕より魅力的な男子生徒でしたし、僕が奈子を手に入れられないことも仕方ないと思っていました……せめて大地が奈子の全てを手にしようとするその行為を止められればって……。そして僕は、隙を見て押しピンで穴を開けていました」
彼は膝の上で握りこぶしを固めた。
「あの日の僕は……なんでそんな事をしてしまったんでしょう……僕の嫉妬心が、妊娠という結末を導いてしまった……だから僕も罰を受けないといけないです」
「……」
すぐに答える言葉が見つからなかった。
彼は『僕も』と言った。
それは全ての原因は自分だけでなく、先生にもあるんですよと暗に示している発言だった。
「ごめんね、地村君……でも自分を責めないで。私が全ての原因よ」
いえ、と彼は首を左右に振る。
「僕はこの4年間、自分なりに罪を償ってきました。奈子は不思議がっています、僕がなぜ自分を助けるのかと……でもそれでいいんです、それが僕の今の生き甲斐なんです」
私に全ての原因となってしまうと、自分のしてきた償いが無駄になると言いたいのだろうか。
私は犯人に____犯人はなっちゃんの弟に違いない____殺されるはずだった。
でも生き延びた、かろうじて。
私に残された使命は、この青年に大切な教え子を託すこと。
「地村君、今のあなたなら大切な人を守ることができるわ。あの日のあなたと今のあなたは違う。今の地村君には守る術がある」
犯人の線の細い身体と、地村君のたくましくなった身体つきを比べながらそう言った。
生徒を導くのが教師。
それが正しい道かどうかは本人が決める。
「地村君、もう過去に囚われては駄目よ。どんな過去があっても、常に未来は自分が切り拓くものなのよ」
彼は何も答えなかった。
しかし、その澄んだ黒い瞳は強い決意を表していた。