神出鬼没 (10/11)

監視2日目。


本拠地となっているA棟の302号室の玄関を開けた。



「戻ったぞ」

部屋にあがりながら、中にいる青野に声をかける。



「お疲れ様です!何か収穫は……」

大貫の顔を見て察したのだろう、青野の質問は途中から苦笑に変わっていた。



「あまり期待してなかったから大丈夫だ」

本音を漏らす。

大貫は監視を青野に任せ、自分の弟である大貫 孝俊を探すために聞き込みに行っていたのだ。

弟とはもう何十年と顔を合わしていない。


奈子や夏江が働いていたお店などを当たり、情報を集めようとした。



「どいつもこいつも知りません分かりません店長は不在ですの三拍子だ。よく教育されてるよ」



「やっぱり上手くいきませんね、こっちの方も何の異常もありませんでした」



「そうか。ちょっとお前、休憩しろ」

今度は青野を外に行かせた。

こんな退屈な捜査によく付き合ってくれている。
若いのによく出来た奴だ。

部屋を出て行く後輩刑事の背中を見送った。




大貫は畳の上にあぐらをかいて、窓の外に目をやる。
B棟にある奈子の自宅玄関が見える。

犯人は現れるのだろうか……
現れるのが先か、我々が諦めて引き上げるのが先か。

根比べとなりそうだ。



大貫はため息をついた。
聞き込みの結果は芳しくなかった。

弟の所在も把握していないことを恥じた。
もう何年も連絡を取っていない。




弟の孝俊の顔を思い出した。
しかし大貫の記憶にある弟の顔は幼い頃のものばかりだ。

昔はどこにでも一緒に遊びに行っていたのにな……



孝俊との思い出は小学生の頃の記憶が最も多い。

よく釣竿をかついで、2人で釣りに行った。




日焼けで肌の黒くなった兄に並んで、肌の白い孝俊が歩く。

彼の身体は細く、日焼けしても黒くならない体質だった。

兄弟でこんなにも違うのかと思うほど、孝俊は容姿が良かった。


鼻は高いし目は切れ長で……




幼少時の孝俊の顔が頭の中にはっきりと蘇った。
なぜはっきりと思い出すことができるかというと……


……いや、少し違う。
はっきりと重なるのだ。



そっくりなのだ、あの頃の孝俊と。








成長するにつれて似てきたのだ……





……小学生の頃の孝俊と、ヨシキが。



その事が、ヨシキは自分の子ではないと疑い始めるきっかけとなっていた。









「お疲れ様です!休憩頂きました!」

青野が帰ってきた。



「おう、もういいのか」



「ええ、十分です。そんなことより、連絡がありました」

そう言って青野は親指と小指を立てて、電話のジェスチャーをした。


「誰からだ?」



「篠崎君です」



「篠崎?しつこい奴だな。で、彼は何の件で連絡してきたんだ?」



「楢崎大地が奈子さんのことで、彼に接触してきたようです。『俺も奈子の事を知りたい』と」