神出鬼没 (6/11)

奈子から聞いたヨシキの話をまとめるとこうだ。



奈子の妊娠が発覚した。
彼女は自分の身体の変化に気付いた時に、学校へ行くのをやめていた。



奈子は母親の夏江に相談した。

産みたいと主張する奈子に夏江は「父親となる男とは別れる」という条件を出す。

夏江の判断は正しかったように大貫には感じられた。
働いてもない高校生の父親に娘を任せるより、親の力で守ったほうが良いと考えたのだろう。


奈子はその条件を飲み、子どもを産む準備に入った。



子どもを産む準備……

それは、資金を集めること。



その時、父親として傍にいてやれたらと今更ながら後悔した。

当時、彼女たちに力を貸したのが奈子の叔父に当たる人物だった。

運が悪かったとしか言いようがない。



奈子の叔父、大貫 孝俊(オオヌキ タカトシ)。

大貫の弟である。



孝俊は奈子に資金提供した。
いや、叔父がどんな人間かわかっていながら「提供」を受けたのだ。

母子家庭であった彼女たちにとっては「提供」を受けるしかなかった。

「提供」と言う名の「貸し」を。




そして孝俊は夏江と奈子に『仕事』を斡旋した。

『夜の仕事』、いうまでもない、風俗だ。
孝俊はそういった系統の店にコネクションを持っているのだ。


お金を借りた身としては断る事など出来ない。


奈子は身体の変化が客にバレない時期、つまりお腹に膨らみが出てくるまで、簡単な『仕事』を与えられた。


簡単な仕事とはいえ、妊娠した身体には多大な負担となったのは言うまでもない。




夏江は昼間は介護ヘルパーの仕事を、夜は風俗でお金を稼いだ。




彼女たちは自分の選んだ道を迷わず進んだ。
産むと決めたからには、もう後戻り出来ない。

後戻りは出来ない。
命は、いつだってそうだ。





そして、夏江と奈子は掛け替えのないものを失う。
取り返しがつかない、取り戻す事が出来ないもの……




それが、ヨシキだった。




孝俊に返済する高額なお金のために、まだ当時6年生だったヨシキは巻き込まれたのだ。

ヨシキのような少年は、裏の世界では高額なビジネスに利用出来ると言われ、奪われたのだ。

おそらく、ヨシキが裏の世界に売られなくても、借金は返済出来ていたはずだ。

孝俊という男は何かにつけて、金儲けをしたかっただけに違いない。



それ以来、奈子たちの前にヨシキが姿を現すことはなかったのだという。






「だから、ヨシキは私を恨んでる」

奈子は最後にそう締めくくった。




不甲斐なさ、情けなさ、頼り甲斐のなさ……


大貫は自分を責めたが、もはやどうすることもできなかった。
そんな自分がまた憎らしくなり……

自己嫌悪のスパイラルに吸い込まれていった。