J000 世田谷 ツバキ (129/135)
そのとき、品川ゼロがゆっくりと立ち上がった。そしてタキオの背後に近寄ったのが見えた。
なぜ、そこにいる? という違和感の直後。
ゼロの手元が、タキオの背中に触れた。
遅れて、タキオが「あ、がッ」という声を上げ、立ち上がろうとする。しかし、バランスが取れないのか、カーペットに膝を着いた。
「キャッ、え? 嫌ッ!」
「ゼロ!」
女たちの悲鳴とともに中央が動いたが、「誰も動くなッ!」という怒声が部屋に響いた。
タキオの背中で、闇がジワジワと広がる。
「テメ、エ! キヨって、奴が、ッあ!」
ゼロはタキオの耳元に言った。
「……何も言うな。何も命令するな。死んだって、お花畑なんてないぞ」
「テメー、ぐっあ、あ。痛ぇ、マジで痛ぇ」
「我慢しろ。叫ぶな。命令するな、みんな動くな、すぐ終わるから」
ゼロは倒れたアンジュを見て言った。
「……大した子だよ。その行動で示したんだ」
「ぜってぇ、殺すからな、ぬっあっ!」
タキオの口が動く度に、ゼロはナイフを捻じ曲げた。
タキオの背中では血のシミがさらに広がり、ナイフの柄を伝い床に血液が垂れる。
「嫌になるよ。おれは頭もよくない、口もうまくねーし、別に強くもねー」
頭脳でも、心理でも、肉体でもない。
「けど、気合いだけは、覚悟だけは、この情念だけは誰にも負ける気がしねー。そう思っていた。そして、それ以上のものをあの子は実践して見せてくれた。勇気を貰ったよ」
……精神。