J000 世田谷 ツバキ (117/135)
間もなく、港タキオは葛飾アンジュの腹にリュウオウの子がいることを知った。
フジコと僕、そしてリュウオウとアンジュがタキオに呼ばれた。場所は奴の家の近くにあるファミレスだった。
忘れもしない6月4週目、日曜の夜だった。店内は家族連れの客が目立ち、ドリンクバーには小さな子供たちがコップを持って列をなしていた。
フジコが経緯を説明し、タキオがアンジュとリュウオウに確認した。アンジュの妊娠は真実だ。2人とも震えながら頷いた。
右目に眼帯をつけたリュウオウ。彼の目前には、一杯のみそ汁が置かれていた。
タキオは、そのみそ汁にタバコの灰を落とした。それでも、リュウオウはそのみそ汁をすすった。
僕ですらタキオの目を見れなかった。気が付けば、首に巻いた包帯を何度もさすっていた。
恐ろしいほどの沈黙のあと、タキオがアンジュに向かって煙を吐いた。
「堕ろせ」
言いやがった。
主人の言葉は絶対。
葛飾アンジュは虚ろな瞳のまま、泣き喚きもせず、静かに頷いた。
どこか、この状況を予想していたのか、フジコだけが静かにアンジュを見ていた。
みそ汁にタバコを放り込み、タキオは僕を見た。リュウオウはみそ汁に浮かんだ一本のタバコを、ただ眺めていた。
「俺って優しくね?」
その言葉の意味を知るのは、数日後のことだった。港タキオは驚くべき行動を起こした。
葛飾アンジュと結婚したのだ。
区役所で手続きを行い、彼らは夫婦となった。静かで、残酷に、さりげなく。
葛飾ジュリアは、港アンジュとなった。
この世から〝葛飾〟が一つ消えた。