J000 世田谷 ツバキ (112/135)
「アピールプレー、はちょっとちげーか」
見上げればバットを持った悪魔。奴は板橋ゲッコウを見た。
不登校……銀髪のゲッコウ。何故ここに彼がいるとか、もう、どうでもよかった。
ゲッコウは携帯電話から顔を上げ、頷いて見せた。
間違いなく、僕がリュウオウの奴隷となったんだ。
「……あとは簡単だ。頭を叩けば俺の総取り」
タキオはバットで地面に弧線を描き、リュウオウに近寄った。
「リュウオウさまァ……ュウオウさまァ」
その先に、グッタリとした葛飾アンジュがいた。黒ずくめの女が彼女を抑えている。
「……リュウオウさまぁ──」
甲高く、何度も叫んだあとのような掠れた女の声が、木々の間で亡霊のように彷徨った。
眼鏡がなくても、彼女のマスカラが溶けていたことが分かった。
捕まったんだ、2人とも。……僕も。真っ先に、最優先で。
タキオはアンジュを見たあと、リュウオウを見た。
リュウオウは地面に膝を着き、シャツの襟をゲッコウによって掴まれていた。電池の切れた人形のようだった。
葛飾アンジュは必死で手を伸ばし、リュウオウの指に触れようとしていた。「あっ」しかし、タキオがリュウオウの髪を引きづり、2人を引き離した。
「……ジュリアは俺のなのにさー。やっと見つけたのにさー。このクソガキが……」
僕と同じように、暴力で奴隷にするんだ、リュウオウを。これで、荒川派閥以外は全員、タキオの奴隷になる。
「お前、今から硬球な。ソフトボールでもいいよ。港さまは野球、練習中なんだよ」
タキオは腕を曲げ、上腕二頭筋をひけらかした。
「野球はいいゼー? 身体の調子もよくなったし、筋肉もついた。だから付き合ってくれよ少年。ホームランの気分、味わいたいだろ?」
ぼんやりと見えるリュウオウの顔。
リュウオウが目を開けて、目前の悪魔を見上げた。悲しみも怒りもない。感情のこもっていない、弾痕のような瞳で。
タキオは左腕で、バットを掲げた。
直後、ゲッコウが強く目をつむり、顔を反らした。
無慈悲な鉄の棒と、硬い物が当たる音が聞こえた。