J000 世田谷 ツバキ (106/135)
踏み切りの手前にある林を抜け、僕とフジコは走った。
「あっ」
小さな悲鳴とともに、カキュンという妙な快音が聞こえた。振り返ると、くの字に曲がった白い足が、地面に見えた。フジコは無垢な赤子のように、仰向けで倒れていた。
「逃げると思ったんだよ、結局」
木の陰から、バットを持った1人の男が現れた。
「港、タキオ。ブ、おがッ!」
瞬間、バットの先が伸びる。頬に衝撃を受け、僕は転んだ。
「ヒッツ! 飛ばしたぜ、アーウーッ! ハァッ!」
むせかえるような鈍痛と恐怖、直後に覚醒感を伴うリアルな痛みが頬を中心に首まで伝う。
躊躇しなかった。人の頭を思い切り。ボールのように。葉が土が、僕の頬に。
落ち葉を踏む音とともに、夜よりも暗い影が僕の目前に広がった。
「あ、は、がっ」
タキオは、僕の両肩をバットで何度も叩いた。上がらなくなる。上がらなくなる。僕の腕が壊れる。そんな一念が僕の肩同士を繋いだ。ひたすらの痛みと、妙な眠気すら感じた。
抵抗を試みようと腕をあげたが、そのたびに肩、腕、手のひらを硬いバットが襲う。やがて、痛みの理由を学習し、僕は自分を抱くだけになった。
「J-SCMってやつは奥歯だったけな」
万力の指が僕の口を開けた。痛みが、僕の思考を鈍らせた。
「ひゃめ、ひゃめろ!」違う、そこは、違う!
バキンッ、という感触とともに僕の奥歯を折った。
「あれ? なにこれ? ハズレ?」
タキオが折ったのは左下の歯だ。Jは、右の下アゴの奥歯にある。いっそ教えたかった。