J000 世田谷 ツバキ (57/135)
杉並ルシエは僕と中央アタルの説明に理解したのか、していないのか、再びリングのほうを見た。
アーデルハイトとズシオウマルは、リングの端と端で、互いの様子を観察している。
アーデルハイトの歩き方がぎこちない。
ゼンイチのやらかしで、左の後ろ足を痛めたか。
ゼンイチ。表向きは否定したが、ズシオウマルに借りを返したな。
「バウッ!」
「ガアッ!」
2匹の獣が牙を見せた。
吠えと、地面と爪が鳴く音。
アーデルハイトの前足がズシの右目付近を削り、ズシの牙がアーデルハイトの腿(もも)を食む。
そして、決着はすぐに訪れた。
「う、あっ……」
「グルルルル」
誰かの嗚咽とともに、ズシの頬が地面に着いた。
忠犬が従犬にひれ伏す様が、街灯に照らされた。
ズシの首を、アーデルハイトがくわえ、ズシの身を押さえこんでいる。
「ルルルルル」という唸った声が、闇夜のなかを彷徨って消えた。
白い毛と、アーデルハイトの牙の隙間から血が滲んでいる。
「猟のよう」
フジコの言うとおり、狐に屠られたネズミの如き光景だった。
あの血が垂れれば、ズシオウマルは負ける。