0022 江東 キヨ (16/34)
それから数ヶ月後。
「うっげ!おええ!」
職場の便所で嘔吐し、ボチャボチャと水に汚物が混ざった瞬間。
身体がおれに教えてくれた。
『お前は女だ、諦めろ』
目から出る涙は、えずいて出た体の反応か。それとも取り返しのつかない、この事態への恐怖や不安か。
墨田は悪くない。あの恋に後悔はない。けど、あのおっさん、余計なものまでよこしやがった。
おれは墨田助教授の子を妊娠していたんだ。
えずきながら、もうセックスはしねえとか、お腹の子の性別が分かるわけもないのに、娘が生まれるヴィジョンが浮かぶ。
女遊びをしてきた男は娘が生まれやすいとか、オカルトな話、昔母ちゃんから聞いたっけな。
あいつは女遊びが好きだったから、娘が産まれやすいかもな。
「ははっ……はぁ。どうすっかな、これ……」
おれは便座に頬を着け、腹をさすってそう言った。
その直後には、赤子の尻を拭く彼の姿が浮かんだ。
雑菌がつかないよう、肛門ではなくヘソ側から局部を拭く様子が、皮肉にも今になって浮かんだんだ。
けど、おれのなかの血は人を殺したドス黒い紅。
この遺伝子は、血は、おれが絶やすんだ。
洗面所で口をゆすぎ、鏡の先の自分を睨みつけながら、心の深いところでそう唱え、暗黒色の大理石のように、暗く重く固い決意をした。
腹の子は堕ろす。