0020 板橋 ゲッコウ (13/82)
直後、マリアは我の耳元まで近付いてきた。フワリと、汗が乾いた様な、すっぱい香りがした。た、たまらん。
「これから練習なんだけどね 面倒だからカットモデルって事でゲッコウくんの髪の毛を切れば やり過ごせるの ね?分かるでしょ?」
「わ 分かった」
それで、このタイミングの我の訴求に応えたのか。
利用されたのかもしれないが、我はそれでも良かった。初めて出会ったマリアに髪を切ってもらう。
1時間前なら考えもしなかった事が、次々と起こり、この数ヶ月に過ごした蝉の幼虫の様な生活が劇的に変わっていく。
もし人生に分岐点が存在し、そこにいくつもの選択肢があり、その度に人が変わるとするのならば。
我の変革は今、と感じた。
両面鏡の片側に座ると、マリアは我の髪を確認しだす。
「どういうのがいい?」
「あ あんな感じに」
我は、この美容室に入って初めて見た、男の美容師を指した。今は掃除をしている。
男の髪はアシンメトリーで、長い前髪が垂れ、サイドを刈り上げたツーブロックになっていた。そして、たまらなくあの銀色がカッコイイと、我は思ったのだ。
「本気?かなり髪の毛痛むよ?あの人の髪 既にゴムだもん それに高校生でしょ?ね?いいの?」
「か 構わぬ」
「正直 面倒くさいけど そんなにやりたいの?」
我は強く頷いた。
「髪の毛 足りないか?」
「まあ こんだけ長かったらできるけど 本当は何回かの工程に分ける作業だから あそこまでキレイな色にならないかもよ ねえ 本当にいいの?」
我には今しかないのだ。