0020 板橋 ゲッコウ (8/82)
『今、美容室にいるのだけれど、すぐに来れて、そこでいいなら。ね?』
意外な返答だったが、我は喜び勇んだ。
会える。会えるのだマリアに!
我はメールを確認すると、すぐに風呂へ入り、髭を剃った。舌の垢を念入りに歯ブラシで擦り、もちろん歯も磨いた。
1度も着た事の無いストールを首に捲き、数ヶ月振りに香水を付け、我は家を出たのだ。
家を出たのは久しぶりだった。しかも夜。だが、我はこれから会うであろうマリアに夢中だった。
メールで教えてもらったのは都内の美容室。最寄り駅から電車にて30分で行ける。
時間は既に夜の22時だったが、我には関係が無かった。
電車を乗り継ぎ、都心近くのターミナル駅に降りる。こんなに多くの人間に囲まれたのは何ヶ月振りだろうか。
仕事から帰るであろう大人は、どいつもこいつも生気の無い顔をしやがって見える。
チャラチャラとたむろする若者共を見ると、何も考えていないその様子に虫唾が走る。
指定の美容室は繁華街のビルの中4階。こんな時間まで開店している事に、若干の不安や疑問を感じていた。
エレベーターが開くと、水の通ったパイプにブクブクと泡が流れるオブジェが見えた。