推理~多重人格者~ (20/21)
男は資料を指でなぞりながらサラサラと難しい単語を並べて説明を始めた。
説明は私の耳を右から左へと通り抜けていく。
説明が頭に入らない私はただなぞられていく明朝体の文字をぼんやりと眺めるだけだ。
しかし、次の男の言葉に私は、いや、私の本能がぴくりと反応した。
「つきましては、あつし様の死亡保証の保険金は三千万になります。」
保険金?
三千万?
私はぼんやりと霞む明朝体にはっきりと焦点を合わせた。
保険金
三千万円。
ドクン
心臓があばら骨を迫り上げるように大きく跳ねる。
それからも男は話しは続いたが、私の頭の中では三千万という言葉がぐるぐると回っていた。
「それでは、本日は簡単な説明までにさせていただきます。また詳しい話は後日お話させていただきます。では…。」
男は私の前に資料を置いたまま立ち上がり、部屋を出ていった。
三千万…
三千万…
私は資料に目を通す。
あつしの引き取り手が私になったのは、私が身内の中で一番近い親族だったからだ。
あつしを引き取った私があつしの分の保険金も引き継ぎで払っていたのだから、私が受け取るのは至極当然なのだが…。
三千万。
実際にそんな金額を言われると少し興奮してしまう。
興奮?
私は何を考えているんだ。
あつしが死んでしまったのに不謹慎極まりない。
お金なんてどうでもいいじゃないか。
私は頭を振って邪念を振り払おうとするが、どれだけかき消そうとしても、頭の中ではあつしと三千万が天秤にかけられてしまっている。
私は最悪な人間だ。
人の死をそんな考え方しか出来ないなんて。
『それでいいじゃない?』
え?
誰?
『人間なんてそんなものよ。あつしの死なんて仕方ないわ。あなたは悪くない。それよりこのお金を何に使いましょうね♪』
ああ、そうだったのか。
これが私の本当の
心…
フフフ…
私は、いや、私の中の何かは資料を見ながら笑いを堪えることが出来なかった。
こうしてまた一人、欲、本能に負けた多重人格者が生まれたのだった…。