この筋書きの結末 (2/31)
6月の手前、朝から雨が降り続いていた。
監視を始めてから1週間目。
午後5時を過ぎても、地面を打ち付ける雨音は強まるばかり。
最悪の日にはもってこいの天気だ。
「お湯、入れますね」
青野の声にふと我に帰った。
カップヌードルのフタを開け、湯を注ぐ音が後ろで聞こえる。
本日カップ麺は3食目だ。
「ああ、悪いな。3分経ったら教えてくれ」
大貫は振り返る事なく答える。
監視を始めてから、奈子の部屋から目を離さないようにしていた。
必ずどちらかが窓の外に目を向けているのだ。
「わかりました、おにぎりも置いときますね。ちなみに鮭です」
さすがにこの部屋に1週間もいると、生活用品が持ち込まれた。
湯沸かし器。
黄ばんだ中古品だが、ないよりはマシだ。
電子レンジがあれば……と贅沢を思う。
冷たいおにぎりは旨くない。
我儘をいえばきりはないが、食事で便利さを求めないようになっていた。
この部屋での生活は快適に近づいたが、皮肉な事に犯人が現れる様子はない。
何も考えずに窓の向こうに見える建物の玄関扉だけを見つめる。
期待するだけ無駄かもしれない……
「大貫さん、3分経ちました。交代します」
青野が隣に座ったのを確認し、大貫は腰を上げた。
3日前に、食事を摂る時くらいは監視は休憩しようと2人の間で決まった。
大貫は湯沸かし器の前にあぐらをかいた。
殺風景な部屋に湯沸かし器がぽつんと置いてあるのがなんとも滑稽だった。
湯沸かし器の隣にカップ麺があった。
フタの上には器用におにぎりが載せられていた。
後輩刑事の気遣いに温かい気持ちになった。
なるほど……
こうやって温めるのか。
おにぎりを手に取り、フィルムを破いた。
白飯を包んだ味付け海苔が香った。
ひと口頬張った。
咀嚼してから青野に目をやる。
後輩刑事は窓の外を見ている。
その生真面目な背中に向かって大貫は言った。
「おい、青野。おにぎり、全然温まってないぞ」
大貫が言い終わるかどうかのタイミングで、青野が勢いよく振り返った。
その目は鋭い眼光を放っていた。
「……す、すまん。どうした青野……」
怒らせたのかと思い、謝ろうとした大貫を遮り、彼は小さな声で告げた。
「誰かが……来ました」
そして青野は窓の外を指差した。
食事に温かさを求めている場合ではなくなった。