過去、未来。 (2/6)



「だれかっ……たすけてっ!」

私は声の限りを尽くして叫んだ。
しかし、口から出るのは無数の気泡。


もがけばもがく程、身体は水の底へ沈んでいく……


私の叫びはボコボコという単調な泡に変換されて、水面へと登っていく。



「くるしいっ……

頭上にある水面から強い光が差し込んできた。
波のせいで光はユラユラ揺れた。




……て!』

誰かの声が聞こえた。
声の主は女性だ。

水面の上からに違いない。


『めをさ……して!』



たすけて……
わたしは、ここにいる……



水面に向かって手を伸ばす。
息が出来ない、早く水の中から出して!



『めをさまして!』



くるしい……



『さくらさん!めをさまして!』



もう限界、死ぬ……



『さくらせんせい!』


男の人の声がした。

そして誰かが私の手を掴んだ__________

















……っ、はあっ、はあっ……

私は飛び起き、大きく息を吸った。
助かった、息が出来る。


……夢、か。
私はベッドの上にいた。

ここは病院だ。

安心して胸をなでおろす。
そうだ、私は入院しているんだった。


自分の右手に目をやる。
しっかりと握りしめられた私の手。


ふと視線を上げると、そこにはよく日に焼けた青年がいた。

私と目が合うと、彼は慌てて私の手を放した。

……誰?



「佐倉さん。あなた、またうなされてたのよ」

今度は女性の声。

声のする方を見ると白衣を着た西城さんが呆れた表情で立っていた。

西城さんは私を担当している看護師。



「うなされてた」

私は西城さんの言葉を繰り返した。



「そうよお。彼がナースコールしてくれたの。お見舞いに来てくれたのにビックリしたわよねえ」

最後の言葉は青年に向けられたものだった。
私のお見舞いに来た……
青年に見覚えは、あるような、ないような……




「いえ、ビックリしたなんて、そんな事……ないです」

青年は西城さんに苦笑いを返した。

私はベッドの横に立っている青年の、つま先から顔までをゆっくりと眺めた。



短く刈った髪からは爽やかな印象を受ける。
半袖のTシャツから見える腕には、程よく筋肉がついている。



どこかで見たような気がした。




「もう大丈夫?落ち着いた?いつものことだから大丈夫よね」

そう言って西城さんは病室を出て行った。




改めて青年に目を戻した。


「あの、佐倉先生……

彼は私をそう呼んだ。
教え子にこんな子いたかしら……



彼は一瞬不安そうな表情を浮かべ、言葉を続けた。


「先生……お久しぶりです」



「えっ……

やっぱりどこかで会ったことあるのかな……
それでも誰か思い出せない。





「僕です、地村です。地村 国彦です」