J000 世田谷 ツバキ (135/135)
「ね、ねえ」
我々がSCMの欠片を見つめているなか、豊島アヤカが周囲を見回し、異変に気づいた。
「ジュリア……じゃなくてアンジュが、いないんだけど……」
「え?」「は?」
「中央さんの車にいたんじゃないの?」
フジコが中央を見ると、彼は廊下の先を見た。
「トイレに行くと言って、そこまで連れて行ったが……」
フジコと足立シヲリが女子トイレを覗き、新宿セイヤと大田ユウガたちが周囲を捜しても、港アンジュは見つからなかった。
やがて、ICUから女性の看護師が現れた。息の切れた様子に、ただならぬ事態を感じる。
彼女は僕たちに「港さんの家族はいますか?」と訊いてきた。
そういえば、この場に彼の家族は1人もいなかった。
全員が互いを見つめ、看護師に向かって首を横に振った。
その看護師にとっては、さぞかし不思議な光景だろう。
親身に病院まで付き添った我々なのに、家族を呼ぶ素振りもなく、連絡先も知らなかった。港タキオの家族は、今もホテルで眠っているだろう。
我々が港タキオの奴隷だったとは、まさか思うまい。
そのやりとりを機に、1人、また1人と帰っていく。
どこか錯覚していたが、ここにいる理由は、僕たちにはもうないんだ。
やがて、僕も自分の車に戻った。
「ああ、ツバキちゃん。全部うやむやになったと、思わないでね」
エンジンキーを回す直前、僕を追ってきた練馬会長が窓越しでそう言った。血色が戻った気がする。
僕は以前、北ミナミを利用し、彼女の祖父である練馬ヨシムネを奴隷にした。
「そのうち、1から1億まで、数えられなくしちゃうから」
歯のない王の微笑みに、僕の指先は冷え、胃はキリキリと縮まった。
……こうして、我々は解放され、病院には1人も残らなかった。